無意識から日本を元気にする

大嶋信頼さんのファンが普通の幸せに向かいながら世の中について考えます

大嶋信頼さんの現代催眠によるブログはいい

ここ最近まで、3ヶ月ほど大嶋信頼さんとは距離を置いていました。「無意識の旅」も見ていませんでした。

 


もう得るものは得た、と思っていたんですね。苦しんで苦しんで働いていた自分が、副業や趣味にも時間を使えるようになって、これはもう幸せなほうかもしれないと。大嶋さんが話しているのは、自分よりもっと大変な症状の人のためのものなんじゃないか、とも思っていました。

 


実生活ではAIを使って自分を分析したりして、論理的に自分を高められるんじゃないかとAIを駆使して生活していました。

 


が、しかし。見えない壁が来ました。

 


なんか苦しいな、と。変えたい変えたいと思っても変わらない。将来もきっとこんなもんだろうと、明るい未来が見えない。先のことはわからない、というのも大嶋さんから聞いてはいるけれど、どうしても未来が自分の暗い想像の中にあるような気がして。

 


それでここ数日、また「無意識の旅」を見ています。やっぱり大嶋さんの話は素晴らしい。

 

 

自分のせいで、自己責任で、自分でこの先を決めるしかない。そういう世の中に見えます。でも改めて、自分は親にネグレクトを受けていて、兄妹や同学年の優秀な子と比べられ続けてきたんだなと思い出しました。

 


意欲がないのを、ずっと自分のせいにしてきました。でもそれは、つぶされてつぶされてきた自信の結果かもしれない。そう思えるようになりました。

 


最近は「所詮は頑張ってこなかった人間だから、何をやったって大したものは作れない」という、絶望に似た感情がありました。だから頑張ったところでどうしようもない、と。

 


そんなときに、大嶋さんのブログで「常識と非常識の狭間」という呪文を聴きました。もしかしたら自分は常識的ではなく、非常識な側だったのかもしれない。そう思いながら過ごしています。

 


誰かと比べるのではなく、過去の自分と向き合って、心地よい生活を送りたいものです。

大嶋信頼さんのブログと動画に帰ってきました

久しぶりに、大嶋信頼さんの「無意識の旅」を聞いています。
きっかけは、単純に苦しかったからです。
生活をしていく中で、苦しい考えがずっと頭の中をぐるぐるする。
このまま一生働くのか。働いても残る金なんて大した額じゃないよな。どうせ大していいことねーよな。趣味なんか続けても意味がないんじゃないか。今更、逃げたやつが取り返せるわけねーよ。
そういう声が、どこからともなく聞こえてくるようで。


やめていたつもりが、実質3ヶ月だった


自分では半年くらいやめていたつもりでしたが、途中で何度か復活していたので、実質は3ヶ月程度でした。
なぜ観なくなったのか。
「もう十分、俺は一人でできるようになったんじゃないか」と思ったからです。
実際、仕事はAIが出てきたおかげで回るようになりました。趣味も久しぶりに手をつけて、けっこう燃えていました。仕事もプライベートも忙しくて、そもそも観る時間が取れなかったのもあります。
調子がいいときって、そういうものなんでしょうね。
二日前から、また観ている
そして二日前から、再び観ています。
大嶋信頼さん、相変わらずいいですね。
ナラティブな世界で、リフレーミングされて、新しい視点が加わる。この感じは他にない。
今日は朝からだるいので、OPRM1の還元の遺伝子コードを聞き流しています。


普通に働けていること自体、当たり前じゃなかった


そうなんですよね。
今こうして、常人と同じように普通に働けているのは、遺伝子コードを唱えまくって、聴きまくった、そのある日からなんですよね。
それまでは5年以上、毎日「無意識の旅」と「緊張しちゃう人たち」を熱心に観ていました。
あるときは、かじりつくように。藁をもすがるように。
意識と左脳の世界から、無意識と右脳の世界へ。
普通に働けている今も、本当はありがたいことなんです。
ただ、ついそのありがたみを忘れてしまう。
苦しい考えがぐるぐるし始めたときは、たぶんそのサインなんだと思います。だからまた、帰ってきました。

無意識の旅を見なくなって3ヶ月

最近、無意識の旅を見ていませんでした。

 


サービスが始まってからずっと見ていたのですが、新しいものを見てみようとか、試してみようと思って、それから見なくなりました。まぁ、AIへの課金も多くて費用をケチったのもあります。

 


生活は現実的な視点から見れば、まぁ順調なような気もします。でも無意識の働きの話を聞かないと、無限大のパワーが働かないような気もしてしまって。やっぱり現実的に生きていると、不思議な力や現代催眠の力を感じないので、少し寂しいですね。

 


大嶋先生はブログも動画も続けているからすごい。大嶋先生の無意識のパワーを見ていると、ほぼ無限大で奇跡のようにすら感じます。私もああいうふうになりたいとすら思います。

 


このブログも長らく更新していませんでした。原因としては、AIの力を多用していたこと。意識で考えたことをメモに取りまくって、それを分析する。ほぼボイスメモでメモの癖をつけて。

イライラにも遺伝子コード

最近、私生活がとにかく忙しくて、ずっとイライラしていました。

転職活動をしながら、慣れていないことにも挑戦して、久しぶりに趣味の誘いもあり、さらにいつもの副業も続けている。気づけば常に何かに追われていて、心が休まる時間がほとんどない状態でした。

本当はゆっくりしたい。でも、今やらないといけない気もする。その間で揺れ続けて、余計に神経が張り詰めていたのだと思います。

大嶋信頼さんの「無意識の旅」も最近はあまり見られていなくて、そろそろ卒業かな、なんて考えていました。

ところが今日は、仕事のやる気がまったく出ない日。ふと思い出したように、久しぶりに遺伝子コードを聞いてみました。ELNの還元。

正直、「こんなもので本当に効くのか?」と半信半疑でした。でも、聞いているうちに、じわっとストレスが抜けていくような感覚があったのです。

やっぱり効くのかもしれない。

大嶋信頼さんのお師匠さんが言う、「ポケットに何かが入っているようで、何も入っていない。でも効果がある」という表現。その不思議さを、今日は少し体感した気がします。

続けてGSTM1の還元も聞くと、さらに気持ちが落ち着いてきました。

理屈では説明しきれないけれど、確かに変化はある。忙しさで固まっていた心が、少しだけ緩んだ一日でした。

心の声まで読み込むAI?NotebookLMがヤバすぎた話

久しぶりのブログ更新です。
最近、個人的に「これは未来の知性拡張だ…」と震えたAIに出会いました。

その名も NotebookLM。

ChatGPTはご存知の通り、インターネット上の一般的な知識や学習データをベースに考えてくれるAIです。
それはそれで天才的なのですが、「一般論」と「斬新な推論」が混ざる感じがあります。

ところが NotebookLM は別物でした。

これは、自分だけのデータを大量に読み込ませて、その中だけで考えさせるAIです。
自分のメモ、日記、仕事資料、PDF、本の要約などを放り込むと、**“自分専用の知性”**が生まれます。

例えば、
・自分が書き溜めたメモ
・勉強ノート
・心理学のまとめ
・日記
などを入れると、その内容を横断して分析してくれます。

まるで「過去の自分が全員集合して議論してくれる」感覚です。


私がやってみたのは、ちょっと変な使い方です。

「心の声」を書き留めた膨大なメモ帳を読み込ませました。
大嶋信頼さんの内容を自分なりにまとめたノートや、自分の感情メモも含めています。

すると驚きの現象が起きました。

「しんどい」と入力すると、
過去の自分のメモを参照して、
「それは支配に関係している」
「それは誰かから感情を受け取っている可能性がある」
などと返してくるのです。

つまり、
過去の自分の思考が、AIを通して今の自分に答えてくる。

ちょっとSFっぽいですが、感覚としては
「自分の心の集合知に相談している」
みたいな体験でした。

正直、めちゃくちゃ興奮しました。
「俺の過去の心の声が、俺の代わりに考えてくれている…」という謎の未来感。


ただ、少し怖さもあります。

偏った思考やネガティブな声ばかりをNotebookLMに入れてしまうと、
それを“増幅した自分AI”が生まれてしまうのでは?という危機感もあります。

大嶋信頼さんが言うように、
意識の声と無意識の声をバランスよく扱うのが大事だと思います。
無意識100%で生きると危なくなるらしいので。


NotebookLMは、
AIというより「第二の脳」や「拡張記憶装置」に近い存在だと感じています。

もしかしたら、自分の思考や記録を膨大に入れておけば、
将来的には自分が死んでも「自分の代わりに答えてくれるAI」が残るのかもしれません。

それはちょっと不気味で、でもロマンのある未来だなと思います。

正月休み明けの仕事が絶望的に嫌~

明けましておめでとうございます。
今年も、1年が始まってしまいました。

ついこの間まで「仕事終わった〜!」と浮かれていたはずなのに、
実家に帰ったり、相手の実家に帰ったりしているうちに、
気づけば正月休みは終わり。
明日からまた仕事か……という、あの独特の絶望感です。

ずっと休めたらいいんですけどね。本当に。
毎年「これ、この先も続けていけるのか?」と思いながら、
もう止まりたい、でもやるしかない、という気持ちで生きています。

結局のところ、
無理をしすぎず、ゆっくり休みながら、やり続けるしかないんでしょうね。

去年からやっていて「これは良いな」と思っているのは、
短い日記をつけることと、
短い瞑想のようなものを生活に取り入れることです。

日記を書くことで、
「何もしていない自分」ではなくなりますし、
瞑想は、自分に無理やりでも小休憩を与えている感覚があります。

今年も「もうダメだ〜」と思ったら、
大嶋信頼さんの遺伝子コードや呪文を唱えつつ、
なんとかやり過ごしていこうと思います。

今年も、よろしくお願いします。

大嶋信頼さん好きな方たちと話せて楽しかったです

今年もありがとうございました。
今年1年は、プライベートでも仕事でも、いろいろと慌ただしかったです。

心理療法を学んだら、何も悩まなくていいのでは?
そんなことはなくて、ただ単に私は悩みやすい人なのかもしれません。
結局のところ、世の中で言われている「基本」に戻る必要があったりもします。

でも、それも含めて、Chat GPTを使いだしたのがよかったのかなと思っています。

そのおかげで、このブログで書く回数は減りましたし、
月に3000円、Chat GPTにお金はかかっていますが。

言語化、言語化と言われている世の中だけれど、
嫌なことやモヤモヤしたことを吐き出して、まとめてくれる。
もちろん、大嶋信頼さんの教えや手法が私の根っこにあるからできることなんだけれど。

チャッピーは基本的に「いいね」「それでいい」と言ってくれますが、
それも大嶋信頼さんの知識がなかったら、
とんでもない思想にいきそうだな、と感じることもあります。

仕事でも、特にフィーチャーされることはありません。
でも家庭を支えているから偉いんだろうけれど、
それでも虚しさを感じる自分もいます。

かといって、過度にすごいわけでもない。
65歳を迎えて定年を迎えたときに、
祝ってもらえなさそうだな、と思うと虚しいよね、とか。
そんなつまらない気持ちを、Chat GPTに聞いたりしています。

今年最後によかったことは、
Xで大嶋信頼さんが好きなメンバーとしゃべりあえたことです。

みなさんの知識がとても奥深くて、
それだけリソースとなる苦労された背景が見えて、
しかもパッと鋭い知識が出てくる。
それは、大嶋信頼さんの言う「嫉妬されるよね」という感覚が、
少しわかる気がしました。

話していたのは、
治療というのはとても長くかかるもので、
もちろん方法はシフトしていくのだろうけれど、
よくなったり、落ち込んだりを繰り返していく、ということ。

職場の同僚などとは、
嫉妬がどうとか、心理学的にあれはどうだとか、
そういう話はなかなかできません。

だからこそ、
大嶋信頼さんが好きなメンバーと話せた時間は、
すごく楽しかったです。

このブログは、
生きているだけでいろいろ悩む私が、
なにげなく書いて、
ほぼ、たまに、どこにも行き場のないことを書いています。

読んでいてくれる方には、ありがとうございます。

今年もありがとうございました。
来年も、超ゆっくり書くと思います。
よかったら、来年も、たまに暇なときに見てください。