ここ最近まで、3ヶ月ほど大嶋信頼さんとは距離を置いていました。「無意識の旅」も見ていませんでした。
もう得るものは得た、と思っていたんですね。苦しんで苦しんで働いていた自分が、副業や趣味にも時間を使えるようになって、これはもう幸せなほうかもしれないと。大嶋さんが話しているのは、自分よりもっと大変な症状の人のためのものなんじゃないか、とも思っていました。
実生活ではAIを使って自分を分析したりして、論理的に自分を高められるんじゃないかとAIを駆使して生活していました。
が、しかし。見えない壁が来ました。
なんか苦しいな、と。変えたい変えたいと思っても変わらない。将来もきっとこんなもんだろうと、明るい未来が見えない。先のことはわからない、というのも大嶋さんから聞いてはいるけれど、どうしても未来が自分の暗い想像の中にあるような気がして。
それでここ数日、また「無意識の旅」を見ています。やっぱり大嶋さんの話は素晴らしい。
自分のせいで、自己責任で、自分でこの先を決めるしかない。そういう世の中に見えます。でも改めて、自分は親にネグレクトを受けていて、兄妹や同学年の優秀な子と比べられ続けてきたんだなと思い出しました。
意欲がないのを、ずっと自分のせいにしてきました。でもそれは、つぶされてつぶされてきた自信の結果かもしれない。そう思えるようになりました。
最近は「所詮は頑張ってこなかった人間だから、何をやったって大したものは作れない」という、絶望に似た感情がありました。だから頑張ったところでどうしようもない、と。
そんなときに、大嶋さんのブログで「常識と非常識の狭間」という呪文を聴きました。もしかしたら自分は常識的ではなく、非常識な側だったのかもしれない。そう思いながら過ごしています。
誰かと比べるのではなく、過去の自分と向き合って、心地よい生活を送りたいものです。